『ナタデココと鉈』のブログ

大学のレポートを定期的に投稿し、アイドル・漫画・映画について熱く語る、雑記ブログ

(不合格体験記)現役受験生に見て欲しい、名古屋大学 に落ちて滑り止めの 法政大学 に行った受験生のお話。

こんにちは。

この記事では受験に落ちた敗者の人間が滑り止め大学を半年間通ったところで改めて自分を振り返ってみようという内容になります。

 

僕が名古屋大学を志望した時から大学に入って数ヶ月経った時までを振り返っていきたいと思います。(約一年)

 

これは志望校に悩む高校生に体験談を述べることで悩みを紐解く1つの手段になることを目的とし、また環境に慣れてしまった自分に改めて昔の思いを蘇らせて喝を入れていこうということを目的とします。

 

ぜひ高校生に見て欲しい。こんな考え方もあるんだと思って欲しい。

 

 

 

三年の夏、第一志望を大阪大学から名古屋大学に変更。

そもそも大阪大学を志望していた理由は

  1. 東大京大と違って科目数に特別な特徴がない。
  2. 東大京大の次にレベルの高い国公立大学

ただこれだけである。

まずは自分の高校について話さなければ始まらないような気がしてきた。私の高校は地方のトップ公立高校であり東大京大合格者人数は全国公立高校の中で10番以内に入るような高校である。

そんな周りのレベルが異様に高い私の環境では身の丈に合わない大学を目指してしまう人が大量にいた。そのせいで浪人する人数は毎年半分ほどいる。私もその一人でなんとなく上記の理由と雰囲気で大阪大学を志望していた。

身の丈に合わない大学とは何か。受験してギリギリ受かるかどうか分からない大学を指すのだろうか。身の丈に合う合わないの話をしている時点で大学の選び方がおかしいと気づいたのは今になってである。

ありきたりだが自分がやりたいことを大学でするのだから、自分のやりたいことが身の丈に合わないと言う話は絶対おかしい。

でも、やりたいことがないという悩みを持つ高校生が少なくないと思う。自分もそうだった。だから、決めようがないのだ。ここにやりたいことを見つけて大学を決める方法など載せるつもりはないし知らない。ここではなかなかやりたいことなんて見つからないよねと共感することしかできない。

大阪大学でやりたいことはない。わざわざ偏差値をあげて落ちるリスクを高める必要は一ミリもなかったのだ。

名古屋大学にやりたいことがあるのか?それは違う。では、なぜ名古屋大学なのか。それは『自尊心を保つため』ただそれだけ。旧帝大の枠は超えること(下回る)ことはプライド的にできなかったのだ。旧帝大じゃない地方国公立大学はゴミ、早慶以外の私立はゴミ。そんな思考は学校全体の風潮といっても過言ではなかった(自分も含め)。

その大学でやりたいことがあるからそこを志望するのではない。その大学の評価が高いからそこを志望したのだ。大学の評価で志望校を決めることは全く間違っていない。なぜなら、確実に周りの大学生もレベルが高いため、自分も成長しやすいから。自分の周りの五人で自分の性格や能力は決まるというお話もあるくらいだ。

つまり、なんとなくで高三の夏に名古屋大学を志望するに至った。

 

三年の冬、名大オープンC判定。

なんやかんやで最終的に決まった第一志望の大学。第一志望は譲らない精神の某予備校に通いながら大学対策の受験勉強を夏から始めた。夏休みは40日間あったのでクラス全体の勉強時間目標を400時間と設定されていたが実際は350時間程度しかできなかった。まあでも、よくやったほうかなと思っている。

学校は行事も勉強もガチということで秋のうんどう会も全力で楽しんだ。そして、二次試験レベルの応用力を鍛えながら秋は勉強をしていた。

ここで私立の併願をするかどうかとても悩んでいたのだ。自分の親戚が東京にいるため併願した場合は東京の私立ということは確定していたが、問題はそもそも受けるかどうかということ。

私立併願or名古屋大学単願の悩みのタネ

  1. 名大に落ちた時に私立併願していたら結局逃げてしまうのではないか
  2. みんな浪人するし単願でいけばよくね
  3. 浪人絶対きつい、今でさえやばいのに

 などなど考えたらいっぱいある。僕以外の現役受験生はどのように考えているのだろうか、友達にたくさん相談した時もある。どちらかに決めたと思ったらまた悩み始める。悩み始めるとなかなか勉強に集中できないような時もあった。

選択肢を残すためにやはり併願をすることにした。実際に落ちてみないと自分の気持ちなどわからない。そのときに弱気になるようならそれまで。さっさと私立に行ってしまえばいいと思った。併願校は法政大学(センター利用)と中央大学(一般受験)。

名大志望の人間が片手間で早慶に受かるとは思っていなかったので諦めた。MARCHならどこも同じだという考えがあったので一番受かりやすいであろう法政大学と中央大学を選んだ。僕が受けた年はセンター試験がとても簡単だったので結果的に法政をセンター利用にしといてよかったなと思う。

 

センター試験、C判定。

冬に入り12月くらいから本格的にセンター対策を始めた。過去問を解きまくり傾向と対策を考えながら勉強した。

結果、C判定。僕たちの高校ならよっしゃ第一志望レッツゴーという感じである。C判定に関しては本当に人によって価値観が大きく違う。めちゃくちゃ不安がる人もいると思う。僕はとても嬉しかった。そのときまでに受けたセンター模擬試験の最高得点よりも100点UPしたのだからそれは嬉しかった。自己採点をするのだが怖すぎて友達に自分のセンター試験を採点してもらった謎の思い出もある。

この調子で二次試験の勉強を始めた。学校がお休みになり一ヶ月ほど教室以外で勉強する期間に入った。正直、この期間が浪人の体験期間だったような気がする。ここで浪人することの恐怖を知ったと思うし、この一ヶ月がもう12回も続くのかと思うと恐ろしい気分だった。

 

二次試験を敗因として名古屋大学、不合格。センター利用で法政大学、合格。

まず、中央大学に関しては過去問2年だけを解いたせいか少しなめていた部分があり不合格。私立の対策で時間を削られるのが無意味で本末転倒な気がしたので本当に少しの時間に留めたせいかな。法政大学はセンター利用で合格。まあ二次受かれば関係ないから別に特に嬉しい感情もなかったような気がする。

そして、受験当日。当時を考えるだけで緊張してくる。あの受験会場を想像しただけで当時の気持ちが蘇ってくる。 自分の周りにいる受験生の一挙一動が気になってしまう。でも、いつも通りにベストを尽くせた。この数時間におよそ一年を全力でかけてきたが試験はあっという間に終わった。

手応えは感じたかと言われたらそこそこかなという感じだった。終わってしまったものを考えても一ミリも意味がないということでテスト内容を振り返ったりすることは一切しなかった。家に帰っても達成感はまだない。後期がない僕はもう受験勉強を終えたはずなのに机に向かって勉強しないと何か落ち着かない気分になる。合格発表にはまだ一、二週間くらい時間があった。何してたかな。とりあえずYouTube見まくったような気がする。

結果、不合格。不合格だったかとなんとなく自分を落ち着けるように静かに落ち込んでいたが親の慰めの言葉のせいでぼろ泣きしてしまった。『十分頑張ったよ。』そんなふとした言葉でさえ心にくるというか。応援してくれた親の気持ちに酬うことができなかった自分が情けないというか。このころのことをこうして文章に綴るだけなのに涙が出てくる。最近気付いたが自分はめちゃくちゃ涙もろい。

浪人か法政大学入学か。浪人する気は正直全く起きなかった。人間は本当に御都合主義なのだなと自分の身でとても思い知らされた。浪人しても受かるかわかんない。法政だってそこそこ有名な大学だ。大学で頑張ればいいじゃないか。担任には浪人を薦められた。一年の頃から比べてこんなに成績の上がっている生徒はとても稀だから、浪人すれば絶対に次こそは受かる。でも、もう気力がなかったのだろう。諦めてしまった。

どっちが最良の選択なのか。正に神のみぞ知るという感じだろう。一番大切なのは最良の選択を選ぶことではなく、自分が選んだ選択を最良だと思うこと。

 

大学では・・・

大学に入り自分から何か力をつけなければと思った。このまま周りの普通の大学生のようで終わってはいけない。

  • 高校の時にとても苦手だった英語を極め、留学をする
  • ブログを始めて自分自身に価値を得る
  • 本をとにかくたくさん読む

 この三本立てで今は頑張っている。自分なりの趣味も楽しみ、自分の能力を高めようと努力し、大学の単位もしっかりとってそこそこ充実していると思っている。普通の大学生から見たらたぶんつまらない生活だと思うけど自分が良ければそれで良い。自分至上主義でこれからも過ごしていきたい。

 

以上で不合格体験記を書き終えたい。

 

 

実際に悩んでいる人がいたらぜひコメントください。親身 of 親身です。